大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)12892号 判決

原告 X1

原告 X2

原告 X3

右三名訴訟代理人弁護士 漆原良夫

右同 清見勝利

被告 Y

右訴訟代理人弁護士 藤原真由美

右同 櫻木和代

主文

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一、請求

原告らと被告間において、東京家庭裁判所平成五年(家)第二八三号遺言検認申立事件で検認を受けた遺言が無効であることを確認する。

第二、事案の概要

一、争いのない事実等

1. 亡A(以下「亡A」という。)は、平成四年六月一八日に死亡した。

2. 原告X1、同X2及び同X3は、亡Aの長女、次男及び次女であり、被告は亡Aの長男である。

3. 平成五年四月一六日、東京家庭裁判所平成五年(家)第二八三号遺言書検認事件において、亡Aが平成元年一一月末に自筆証書によってなしたとされる別紙遺言書(以下「本件遺言書」という。)の検認が行われた。

4. 原・被告間において、本件遺言書の効力をめぐり、争いが生じている。

二、当事者の主張

(原告らの主張)

1. 本件遺言書は亡Aの自筆によって作成されたものではない。

2. 本件遺言書は「平成元年一一月末」なる日付の記載(以下「本件日付の記載」という。)があるが、右記載は日付としての特定性を欠き、民法九六八条一項所定の「日附」の記載とはいえないから、自筆証書遺言としての法定要件を充たさない無効なものである。

3. 本件遺言書の記載内容は、以下の諸点においては内容が不特定であるから、有効な遺言とは言えない。

(一) 遺産の処分を受ける者が不確定

本件遺言書は、遺産の処分を受ける者を、「長男Y一家」としているが、「長男Y一家」とは具体的に誰を指すのか明らかでない。

(二) 遺産の分配割合ないし割合の決定方法が不確定

仮に、右(一)の「処分を受ける者」が、被告、被告の妻及び両者の子であるとするならば、右複数の被処分者に対し、いかなる割合で遺産を与える趣旨なのかが明らかにされねばならないが、本件遺言書の記載からは右の点が全く不明である。

(三) 本件遺言書によって処分対象とされる遺産の範囲が不確定

本件遺言書は、本件遺言書の処分対象とされる遺産の範囲を、「家土地家の中物全部」としているが、右記載では本件遺言書によって遺言者が処分しようとしている遺産の範囲が確定できない。

(被告の反論)

1. 本件日付の記載について

本件日付の記載は、「平成元年一一月の末端」すなわち「平成元年一一月三〇日」という特定の日を表示するものと当然に解することができるから、民法九六八条一項の要求する「日附」の要件に何ら反するものではない。

2. 本件遺言書の内容の特定性について

遺言者の意思表示の内容が、法定事項にあたるかどうかは、遺言者の意思解釈によって決することになるが、その際には、遺言書に記載された文字に拘泥することなく、遺言者の真意を合理的に探究すべきである。

本件遺言については、その内容を合理的に解釈すれば、「長男Yとその妻Bその子どもに遺贈する」趣旨と解することができるから、遺言内容の特定性に問題はない。

三、争点

1. 本件遺言書は亡Aの自筆によるものか否か。

2. 本件遺言書の「平成元年一一月末」なる日付の記載は、民法九六八条一項所定の「日附」の要件を充たすものと言えるか。

3. 本件遺言書の内容は特定されたものと言えるか。

第三、争点に対する判断

一、争点1(本件遺言書の成立の真正)について

証拠(乙一ないし三、六、七、八の一ないし三、九、一一、被告本人)によれば、本件遣言書は、その表題・本文・署名・押印の全てについて、亡Aの手によって作成された自筆証書遺言と認めることができ、右認定に反する証拠はない。この点、原告らは、亡Aが平成元年一一月当時パーキンソン病に罹患していたこと(争いがない)を根拠に、亡Aが本件遺言書のごとき文面を自筆する能力が存在していたかどうかは疑問である旨を主張するとともに、本件遺言書の末尾に「拇印」と「印鑑による印影」とが併置されている点を捉えて、亡A以外の第三者が本件遺言書作成に関与したのではないかとの疑問を呈している。

しかしながら、亡Aは、平成元年一月二一日、夫であり、原告ら及び被告の父である亡C(以下「亡C」という。)が死亡した当時、パーキンソン病で入院していたものの、同年秋ころには、いったん退院し、寂しくなると被告の家に身を寄せることがあったほかは、亡Cと暮らしていた自宅で独り生活し、この間、原告ら申立の亡Cの遺産をめぐる遺産分割調停の平成元年一〇月の期日にも単独で出席しており、さらには、翌年六月の調停期日について、出頭できない旨の届け(乙九)を提出していること(以上、乙三、乙九、乙一一、被告本人)によれば、平成元年一一月当時、亡Aに本件遺言書を自筆で作成する能力があったことは容易に推認できるから、右原告らの疑問は想像の域を出ないものと言うべきである。

二、争点2(本件日付記載の有効性)について

1. 思うに、民法九六八条一項にいう「日附」の記載としては、暦上の特定の日を表示するものといえるものでなければならず、いわゆる「吉日遺言」のごとく、年月のみの記載だけで具体的な日の特定を欠く場合には、暦上の特定の日を表示するものとはいえないから、証書上日付の記載を欠くものとして、当該自筆証書遺言は無効であると解するのが相当である(最判昭和五四年五月三一日・民集三三巻四号四四五頁)。

しかしながら、具体的な事例において、自筆証書遺言書上に表示された日付の記載が「暦上の特定の日を表示するもの」に該たるか否かを判断するにあたっては、遺言書の記載のみから特定の日を確定し、他の客観的事実を排斥した解釈であってはならず、客観的に明らかな事実を斟酌すれば日にちを特定できるような場合はこれを有効な遺言と解釈すべきであることはいうまでもない。換言すれば、具体的な日付の記載が「暦上の特定の日を表示するもの」に該たるか否かを判断する際には、当然に、当時の客観的状況や遺言者の合理的意思を斟酌できるというべきであり、右のような諸事情を考慮しても、当該日付記載が「暦上の特定の日を表示するもの」であると到底解釈できない場合(前記「吉日遺言」の場合が典型である。)は別として、遺言作成時の客観的状況や遺言者の合理的意思に照らし、遺言書表記の文言から「暦上の特定の日を表示するもの」と自然かつ合理的に解釈できる場合は、当該遺言書は「日附」の記載を欠くものではない。

2. これを本件について見るに、通常「月末」と表記した場合、末日のみならず末日の一日二日前の日を含むものとして慣行的に使用されていることに鑑みると、本件日付の記載が多少の不特定性を残すものであること自体は否定できないところであるが、「平成元年一一月末」と連続記載してある場合、むしろ「月の末ころ」というよりも「月の末日」を表記したもの、すなわち「平成元年一一月三〇日」を表示したものとして、暦上の特定の日を表示しているものと解するのが自然であり、遺言者の合理的意思にも合致するところであると考えられる。

この点、原告らは、本件日付の記載は「末」という幅のある概念を含むものであり、日付としての特定性を欠く旨を主張するが、遺言者があえて幅のある概念を用いたことを推認せしめるような特段の事情でもあれば格別、そのような事情の認められない本件において、本件日付の記載につき、右のような解釈をしなければならない合理的な理由はないから、原告らの主張は採用できない。

3. よって、本件日付の記載は、平成元年一一月三〇日を表示するものとして民法九六八条一項所定の「日附」に該当するものと解する。

三、争点3(本件遺言書の内容の特定性)について

原告らは、本件遺言書の内容が不特定である旨を縷々主張するが、そもそも法が遺言書の内容に確定性を求めるのは、作成者の死亡後にその効力を生じるという遺言書の特性から、事後的に作成者の合理的意思を探究し、その内容を確定することが極めて困難であることに鑑み、作成時に遺言内容を確定せしめることが必要であるという理由に尽きるのであり、文言上の形式的な不特定な部分について、解釈により事後的に遺言内容を確定できるのであれば、当該遺言書を無効と解すべき理由は何ら存しないと言うべきである。

その観点から、遺言者の合理的意思を推認したうえで本件遺言書の内容を解釈すれば、本件遺言書の意味するところは「亡Aに属する全ての財産を被告に遺贈する」趣旨として特定できるのであるから、原告らの主張の不特定には当たらない。なお、本件遺言書が遺贈の相手方を「長男Y一家」としている点について付言するに、本件遺言書が「B(被告の妻)さんとご相談ください。」とするのみで被告の家族間の分配割合を指定していないことに加え、被告の家族(被告とその妻及び子)のうち、亡Aの法定相続人が長男である被告のみであることをも考慮すれば、遺言者の合理的意思解釈として、いったん被告に対し全財産を遺贈した上で、その後の処分については被告の家庭内での協議に委ねる趣旨であると解するのが相当である。

四、結論

以上によれば、本件遺言は有効であって、無効確認を求める原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 澤田三知夫 裁判官 村田鋭治 早田尚貴)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例